イギリス時代にヴァールブルク研究所のザクスルらと交流したことで、シンボル研究をはじめ、その時代の研究の集大成『シンボル形式の哲学』全四巻を表した。またその一般的な概観書である『人間』において、
人文、
社会科学を横断して独自の
哲学的人間学を構築した。カッシーラーは“シンボリック・アニマル(象徴を操る動物)”として人間をとらえ、動物が本能や直接的な感覚認識や知覚によって世界を受け取るのに対して人間は意味を持つシンボル体系を作り、世界に関わっていく。シンボル体系は、
リアリティ(実在性)の知覚を構造づけまた形を与え、またそれゆえ、例えば世界に実在しないユートピアを構想することもできるし、共有された文化形式を変えて行くことができる、とした。こうした理論の基盤には、
カントの超越論的観念論がある。カントは現実の世界(actual world)を人間は完全に認識することはできないが、人間が世界や現実を認識するその仕方(形式)を変えることはできるとした。カッシーラーは人間の世界を、思考のシンボル形式によって構築されていると考えた。ここでいう思考には、言語、学問、科学、芸術における思考のみならず、一般の社会におけるコミュニケーションや個人的な考えや発見、表現などを含めた意味あいがある。
1946年死後出版された『国家の神話』ではナチスなどの全体主義的国家理論を批判的に考察し、
プラトン、
ダンテ、
マキャヴェッリ、
ゴビノー、
カーライル、
シェリング、
ヘーゲルらの国家理論を検討した。カッシーラーは、20世紀の全体主義体制を運命の神話と
非合理主義によってシンボル化されたものとした。『国家の神話』第一部「神話とは何か」では神話的思考が概観される。第二部「政治学説における神話にたいする闘争」では、「合理的な国家理論はギリシャ哲学に始まった」とし、歴史を記述するにあたり“伝説的なもの(ファビュラスなもの)”を排除しようとした
トゥキディデスを「神話的歴史観に対して初めて攻撃を加えた」とする。古代ギリシアにおける合理的国家論の前提になるのは、自然観(自然の研究)であり、ミレトス学派(タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネス)にはなお神話的思考が認められるものの、「起源」(アルケー)の定義において新しい合理的思考が展開される契機となったとしている
[『国家の神話』宮田光雄訳、創文社,pp.63-65]。