校名は、北区の「北」と、鋭いこと・勢いが盛んなことなどを表す「稜」を組み合わせて名付けられた。
1949年に大阪市立中学校で、従来の「区名+番号」の仮称から地名などを取り入れた名称に変更することに伴い、当初は地名を校名にする案も検討された。しかし当時は
大阪市立堀川小学校内に仮校舎を設置していて独立校舎設置場所も未定の状態だったため、当時の所在地周辺の地名「
堀川」「
南森町」「
天神橋」では、万が一離れた地域に独立校舎が設置された場合不都合ということで見送られた。広い範囲を示しまた他地域でも広く知られている「
天満」の地名をとる案も考えられたが、当時私立天満中学校・高等学校(現在の
太成学院大学中学校・高等学校)が地域にあったために不都合として見送られた。また地域にかつてあった「盈進小学校」から「盈進」とする案も検討されたが、字が難しいとして見送られた。最終的に「北」+「漢字一字」の組み合わせが検討され、「北稜」の名称に落ち着いている。