形而上学 wikipedia|無料辞書
形而上学(けいじじょうがく、,,,)とは、物理的または
概念的な対象が
存在する理由や根拠についての問い、およびそれをめぐる議論のこと。
◆ 訳語
◆ 概説
個々の事象にたいしてその背景をつらぬく法理、共通性を求めるための考究である。
物理学は個々の事象をとりあつめ法則性をもとめる点で形而上の要素をもつ。また物理学そのものが「対象の振る舞いの法則」について考えるものだとするなら、その形而上には「法則が存在する理由」を問う視点があり、「りんごが落下するときにどのような落下の仕方をするか」は物理学で説明出来るが「なぜそのような法則が存在するのか」は物理学で説明出来ない。このような問いかけの連鎖を形而上的であると表現する。
◆ メタフィジカ、形而上学の語源
古代ギリシアの哲学者
アリストテレスは大量の書き物を残し、それが西暦
30年頃
アンドロニコスにより整理されたが、その際『ta physikaタ・フィジカ(自然について)』の巻の後に、自然の探求の基礎・根本に関わる著作群が置かれた。その著作群は明確な名を持たなかったので、初期アリストテレス学派は、この著作を"、タ・メタ・タ・フィジカ(自然について
の後の書)" と呼んだ。これが短縮され、、(メタフィジカ)、として定着、後の時代の各
印欧語の語源となり、例えば
英語では(メタフィジックス)という語となった。
上記のごとく、書物の配置に着目した仮の名称「meta physika(自然・後)」が語源なのだが、偶然にも、その書物のテーマは"自然の後ろ"の探求、すなわち自然の背後や基礎を探るものであり、仮の名前が意味的にもぴったりであったので、尚更その名のまま変更されずに定着した。
印欧諸語のmetaphysics、Metaphysikなどの訳語として、日本語では「形而上学」を当てており、これは『
易経』繋辞上伝の“形而上者謂之道、形而下者謂之器”(形よりして上なる者これを道と謂い、形よりして下なる者これを器と謂う)という表現にちなんだ造語である。印欧語のmetaには、「〜の背後に」のほかにも「〜を超えた」という意味があり、自然を規定する超越者の学という意味では(語源を表現しきれていないことを除いては)学の内容をよくあらわしている。
◆ アリストテレスのタ・メタ・タ・フィジカ
アリストテレスの著作物の『タ・メタ・タ・フィジカ(形而上学)』は、(1)
存在論 (2)
神学 (3)
普遍学と呼ばれ西洋形而上学の伝統的部門と現在みなされている三つの部分に分けられた。また、いくつかのより小さな部分、おそらくは伝統的な問題、すなわち哲学的語彙集、哲学一般を定義する試みがあり、そして『自然学』からのいくつかの抜粋がそのまま繰り返されている。
・
存在論は
存在についての研究である。それは伝統的に「存在
としての (qua) 存在の学」と定義される。
・
神学はここでは
神あるいは
神々そして神的なものについての問いの研究を意味する。
・
普遍学は、全ての他の探求の基礎となるいわゆるアリストテレスの
第一原理の研究と考えられる。そのような原理の一つの例は
矛盾律「あるものが、同時にそして同じ点で、存在しかつ存在しないことはありえない」である。特殊なリンゴは同時に存在し、かつ存在しないことはありえない。普遍学あるいは第一哲学は、「存在
としての (qua) 存在」を扱う―それは、誰かが何かある学問の個別的な詳細を付け加える前に全ての学問への基礎となるものである。これは、
因果性、
実体、
種、
元素といった問題を含む。
◆メタフィジカの展開
形而上学を定義することの困難の一部は、何世紀も前に
アリストテレスの編者に根源的に形而上学的と考えられなかった問題が、次々に形而上学に加えられてきたことにある。また何世紀にも渡って形而上学的と考えられていた問題が、概して現在、
宗教哲学、
心の哲学、
知覚の哲学、
言語哲学、
科学哲学といった、その独特の分離した副次的主題へと追いやられている点にある。